いよいよ親の介護が始まりました。
私の父親です。
かなり前の記事にも少し書きましたが、子供の頃に父親は蒸発しています。
両親は離婚していて(母親も蒸発)父方の祖父母に育ててもらいました。
ずっと両親の事を恨んでいました。
祖母が亡くなった時に現れた父親。
私は、その時に泣きながら父親を詰りました。
亡くなった祖母は、長男である父親の事を最後まで気にかけていました。
やっぱりどんなに親不孝な子供でもやっぱり可愛いんだと思いました。
そんな祖母を蔑ろにした父親。
私達を捨てた父親。
顔を見た瞬間、怒りが爆発してしまったのです。
泣きながら止める姉を振り切って、罵ってしまいました。
それから十数年。
疎遠になっていましたが、姉からの連絡で父親に会いに行くことになりました。
会いに行く前に、父親と電話で話しました。
父親は、明らかに認知症の症状が出ていました。
久しぶりに会う父親は、一回り小さくなっていました。
どこも悪くないと言う父親をなだめながら、物忘れ外来があるクリニックへ連れていきました。
初診だったので、2時間程待たされてしました。
どんなに長い時間でも、黙って大人しく座っている父親を見て「もうこんなに歳を取ったのか」と改めて思いました。
若い時は、体も大きくて、短気で直ぐに怒るイメージがありました。
仕事やプライベートで面白くない事があると、イライラして家族に当たっていました。
大人しかった姉と違って、私は自己主張が強く、何度も叩かれてる嫌な思い出しかない。
私の強情で負けず嫌いの性格は、その当時からだったんだと思います。
検査では、一般的な認知症検査をしました。





夏です。

あ~やっぱりな、相当認知が進んでいるなと思いました。

紙とペンを渡された父は、少しためらいながら


書いたのが、こちらの文章です。
「あさ草とりをした」
何だか一生懸命書いている父親を見て思いました。
もう許す時なんだなと。
辛い記憶しかない父親との関係。
それでも父親であることに間違いない。
数日前に、初めて夫が父親に会いました。
びっくりするくらい私に似ていたそうです。
寝たきりになるか、認知症になるまでは優しい言葉は掛けたくない。
いや、掛けられないと思っていました。
私も歳をとったのだと思いました。
今は、姉と交代で手続きや様子を見に行っています。
近所の人に会ったら、
「娘が来てくれたんだよ」と嬉しそうに私を紹介する父親。
まんざらでもなかった自分が不思議です。
時々、介護や認知症の事も書いていきたいと思います。
長くお付き合いいただきありがとうございました。
泣いても大丈夫な場所で、こちらも是非読んでみてください。
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